ニホンジカの肥育について

 捕獲したニホンジカを肥育して食肉利用しようとする動きが各地で見られますが、今回は私自身の勉強もかねて肥育とは何であるのか、またニホンジカを肥育することは可能であるのかを既存のデータをもとに考えてみたいと思います。

 肥育とは牛の場合少なくとも2-3か月、長い時には2年もの歳月をかけて特別な飼料を与えて肉をつけ、良質な脂肪を体に蓄えさせること 1 をいいます。肥育には離乳個体をもと牛とする若齢肥育と、産乳や使役などの目的で何年か使用した後に肥育する壮齢肥育、繁殖牛を飼う場合の普通肥育に分けられています 2 。ニホンジカの肥育は現状として野外で捕獲した個体を用いることから、その肥育様式は壮齢肥育に近いと考えられます。
 しかしニホンジカの成長曲線としては12~18 カ月齢の間に12.6kg、24~30 カ月齢の間に7.9kgの増体が認められますが、成長が進んだ段階では増体量が小さくなるとの報告があります 3 。また、より長期間の調査が必要ではあるものの、ニホンジカの体重増加には季節変化がみられ 4 、冬季は多く給餌しても体重が減少するともいわれています 5 。そこで体重の減少を抑えるためにクラッシュアルファルファヘイキューブと一緒に脂肪酸カルシウムを給餌したところ、冬季の体重減少は抑えられ一定を保ったという報告もありました 5 。一方で夏季に近づくにつれて体重は増加し、そのときの最大値は約1.15倍でした 5 。これは例えば体重40㎏のシカであれば夏に6㎏増加するということです。翌年の冬季まで体重が維持されるのか報告がなかったので不明ですが、何にせよニホンジカの壮齢個体の体重増加には多くの労力が必要であることがわかります。

広島厳島神社内に生息しているニホンジカ。これくらい慣れた状態であることも、飼育するうえで必要な条件であると考えられる。
  以上より、ニホンジカの肥育を行う場合は体重増加が最も期待できる若齢肥育を行うことが推奨されます。しかし若齢肥育を実施するためには、まず子ジカを得るためにニホンジカの成獣を飼育して繁殖させる必要があります。ですがニホンジカを繁殖させて増やすという行為は、今の日本の現状からは本末転倒な話です。また、これが成功したとして現在の流通価格よりもはるかに高い肉になってしまうため、果たしてそのような肉を誰が買うのかという事も問題となってくるでしょう。

 したがって私個人の意見としては、これ以上の労力とお金をかけてニホンジカの肉量をわずかばかり増やす努力を続けるよりも、日本全国で1年間に捕獲される約47万頭(2014年度)のニホンジカ 6 の肉を、廃棄せずに余すことなく有効に活用できる状態をつくること、つまりトレーサビリティーや流通経路などの仕組みを考える努力を行う方が、よほど現実的ではないかと思います。

 みなさまは肥育について、どうお考えでしょうか。

参考文献

  1. 伊藤宏(2001)食べ物としての動物たち 牛、豚、鶏たちが美味しい食材になるまで.株式会社講談社 pp175
  2.  並河澄. 大森昭一朗. 米倉久雄. 吉本正. 内海恭三. 新井肇 (2000) 家畜飼養の基礎 社団法人農山漁村文化協会 pp275
  3. UCHIDA, H., S. IKEDA, M. ISHIDA, T. INOUE and T. TAKEDA (2001) Growth characteristics of artificially reared Sika Deer (Cervus niPpon). Anim. Sci. ]., 72: 461-466.
  4. 浅野早苗, 及川真里亜, 天野里香, 黒川勇三, 板橋久雄 (2007) アルファルファヘイキューブを給与したニホンジカの消化生理とその季節変化 丹沢大山総合調査学術報告書., 5:155,157-158
  5. 田村哲生, 寺崎敏明, 中村健一, 奈良雅代, 新井一司 (2011)〔シカの生息域拡大過程ならびに捕獲シカの肥育条件の解明〕 シカの体重測定手段の開発および体重の低下抑制に関する研究 東京都農林総合研究センター成果情報, 26-3
  6.  環境省(2014)狩猟及び有害鳥獣捕獲等による主な鳥獣の捕獲数
    http://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs4/higai.pdf