モニタリングについて

野生動物の分野でも、「モニタリング」という言葉がよく使われるようになりました。モニタリングとは何か?その意義とは?

整理してみましょう。

 

【モニタリングとは】
つまりどんなもの?

モニタリングとは何かを観察し続けるような行為を差しますが、野生動物の分野におけるモニタリングは簡単に言えば「医師の診察」のようなものです。診察では、病気やケガがあるのか無いのか、病気やケガがどういう状況なのか、治療がうまくいっているのか、といったことを調べますが、野生動物管理におけるモニタリングも同じようなものです。

野生動物による問題がどのような背景・環境・要因で構成されて起こっているのかを調べ、的確な対処を効率的に計画し、その対処の進み具合を把握するためにモニタリングが行われます。

モニタリング手法は全て形が決まっているものでもありませんが、何でも良いわけでもありません。モニタリングには基本的にコストと時間がかかり、設計を誤れば知りたい情報が得られず、場合によっては問題を悪化させうる手法もあるため、モニタリングは目的と問題への対処方針に合わせて適切なものを選択し、計画・運用する必要があります。インフルエンザの診断の際に手足のレントゲン写真を撮らないのと同じです。

モニタリングには以下のようにいくつかのタイプがあります。
1.定期健診型
2.病名検索型
3.症状対応型

それぞれ簡単に説明してみます。

 

【1.定期健診型】
定期健診型モニタリング

症状が何もなくても定期的に診断を受けるタイプのモニタリングです。この形式は希少種の経過観察や、どこかの種に絶滅リスクが生じていないかを広く調べる目的で用いられます。環境省が実施している「モニタリングサイト1000」などが一例です。

あるいは継続的に利用・消費されている生物種に対しては資源状況の把握のためにこのタイプのモニタリングが行われます。狩猟カレンダー調査などがこちらの例です。

定期健診型のモニタリングを組む際に重要なのは以下の点です。
① 低コスト
② 長期的に実施可能な調査体制
③ 多くの変化を補足できる汎用性

地味であまり光は当たりませんが、野生動物の問題はどこにどのような変化が起こるか予測しにくい部分がありますので、予防原則に基づいた実は最も重要なモニタリング形式です。

定期健診型のモニタリングは問題が生じる前からデータを蓄積していますので、問題発生前後や対策前後の評価に使えるモニタリングとして確実に機能する唯一の形式でもあります。他の形式でのモニタリングは基本的に問題発生後にスタートして情報を集めるため、変化の全体像を追えません。このため、ある程度広い範囲の項目を定期健診型のモニタリングで観察し続け、病名検索や症状対応のような部分までそのモニター項目を使って済ませてしまえるのが理想です。定期健診に引っかかった瞬間に病名が分かり、治療の進捗までその健診項目で追うような事ができれば、それが最良ということです。

残念ながらなかなか評価されず、定期健診としても機能が難しいくらいに少ない項目でしか現状では実施されていないモニタリング形式です。

 

【2.病名検索型】
病名検索型モニタリング

野生動物と人との間で問題が生じた時に、何が問題の中心なのか、どこが解決に重要なポイントなのか、解決への筋道を立てるためのモニタリングです。実は多くの課題では、専門的な視点さえあれば対応すべき核心部分が単発の調査でもある程度明らかになるものです。

しかし野生動物の問題の発生時は多くの意見と先入観で混沌としている場合が多く、関係者の理解と合意形成のために比較的長い期間をとったモニタリングによって「診断」を下す事が効果的である場合もあります。多くの主体が関わって「風邪だ」「胃ガンだ」「骨折だ」「仮病だ」と意見が割れている時に、幅の広いモニタリングを通して一つ一つ病名を除外し、一緒に正解の診断へ向かうような形式です。診断が下った後は、不要な部分を削り必要部分を足して症状対応型のモニタリングに移行します。

野生動物の問題では、論理的な正しさよりも地域住民の納得と協力を得るほうが解決への近道となる場合がほとんどです。正確な病名を一方的に押し付けるより、本人が納得して生活習慣を改善するほうが結果的に長生きするようなものかも知れません。

病名検索型のモニタリングで重要なのは以下の点です。
① 症状や疑っている原因の慎重な聴取
② 一つ一つの疑いを除外できる設計
③ 納得が得られるなら確定診断型(狙い撃ち)の設計

手間がかかる上に遠回りに見えるやや特殊なモニタリングですが、現状では個々の課題解決に最も貢献するのはこの形式かも知れません。

 

【3.症状対応型】
症状対応型モニタリング

野生動物に関する問題が生じ、解決すべき課題の核心部分が分かれば、処置をすることになります。しかし、野生動物は自然環境の中で非常に多くの要因との多種多様な相互作用を持っており、一つの処置に対する反応が一つとは限りません。状況やタイミングによって反応が変わり得ますので、処置の結果が望ましい方向へ向かっているかを常に把握しつつ、望まぬ副作用が出た場合はすぐに路線変更できるような対応計画を採ることになります。

体調が悪くなった後、病名を明らかにして病気の治療のために薬を飲み始めた際に、通院しながら経過観察を続けるような形式のものです。

症状対応型のモニタリングで重要なのは以下のような点です。
① 各対策のゴールとモニター項目に直接の関係がある
② 調査そのものが問題へ影響を与えない
③ 調査の所要時間が路線変更等に間に合う

①②③項目を満たす手法がいくつかある場合は、もちろん基本的にはコストが低く手間のかからない手法が優先されます。

課題解決のための処置が長期間にわたる場合もありますので、症状対応型のモニタリングは、その対策の計画に合ったタイムスケールのものを選択することになります。

 

【モニタリングの設計】

モニタリングの設計は、課題、環境、対象種によって異なります。いくつか例えを出して説明してみます。

① クマ(ツキノワグマ)の場合

ある年に、クマ(ツキノワグマ)と人との遭遇や事故が多数発生したとして、どのようにモニタリングを計画・運用していくかを考えてみます。

まずやるべきなのは、事故や遭遇事例の詳細な聞き取りです。場所、環境、天気、時間、クマの頭数、クマの行動、そして何より重要なのが人側の行動です。男性か女性か、何人で何をしていたのか、どのような場面で遭遇したのか、どのように対応したのか、事故に発展した場合は詳細な立ち位置や被害状況等、とにかく詳細に情報を集めます。これを項目別に分けながら整理したものが病名検索型のモニタリングの原型になります。

調査をしていると、目撃事例のうち事故に発展しやすい条件として「クマを捕獲しようとする場面」「クマの食物が豊富にある地点」「人側がスズ等の対策をしていない状況」「特定の危険個体」のようにポイントが見つかります(いくつかの課題が同時に発生していることも多くあります)。そこで、症状対応型のモニタリングへ移行します。

症状対応型のモニタリングの中心は変わらず「クマの事故や目撃情報の収集」です。目撃情報は人身事故を抑えたいという目的に直接的な関係があり、情報が即時的に得られ、調査が被害の発生に影響を与えません。目撃情報に加えて、各課題の中心である「捕獲の場面」「クマの食物」「スズ等の携行」「特定個体」についてのモニタリングも並行して実施します。クマを捕獲する場面については安全な体制や手法で行っているか、クマの食物についてはドングリ類の豊凶調査や放任果樹の本数等の推移の調査、スズ等の携行状況については登山者のスズ保有率の調査、特定個体については周辺の聞き取りや監視の強化などを実施します。

そして、これらのキーポイントに対策を実施します。安全な捕獲方法や捕獲基準の普及、放任果樹の削減補助、スズ携行の啓発、特定個体の捕獲などです。その前後で症状対応型のモニタリングを継続することで、状況が望ましい方向へ改善したかを把握できます。そしてその対策方針が合っていたかどうかは、収集されている目撃・事故情報の推移で確認できます。

定期健診として本来やっておくべきなのは「クマの目撃情報の収集」です。市民からの通報を項目立てて収集する形を整備すれば比較的低コストであり、問題の発生から病名検索・症状対応までモニタリングとして活用できるからです。

② カラスの場合

カラスの仲間による被害は、ゴミの散乱、フンの被害、農業被害、電信柱への営巣など多岐にわたります。十分な管理計画を策定している地域はほとんどありませんが、問題解決を目指したとしてどのようなモニタリングの計画と運用になるか考えてみましょう。

カラスは、多くの哺乳類とは異なった性質を持っています。哺乳類はカラスのように飛んで移動することがないので、カラスのように被害地が突然大きく変化することがあまりありません。イノシシ・シカ・サルなどではその地域に生息する群れの学習の程度によって加害状況が変化するため、基本的に被害地域を中心とした対策やモニタリング計画を作ることになります。カラスの場合は、行動エリアが広大で地理的な障壁があまり効かない生物であるため、基本的には「ねぐら」単位での管理になります。もちろん、ねぐら自体も住所のように固定的なものではなく季節によっても変動するため、便宜的なものです。

カラスは行動域が広大で混群を形成する上に個体識別が困難であるため、哺乳類で多く採られるような「学習が進んだ特定個体や特定の群れを有する特定地域で対策する」ようなアプローチがなかなか選択できません。結果的に、複数のねぐらをまとめて「○○市の個体群」のように捉え、大きな集団として見ながら対策とモニタリングを実施することになります。

病名検索型のモニタリングとしてまずやるべき事は、被害の詳細な聞き取りです。どの地域にどのような種類の被害が分布しているのかを把握します。被害情報の収集に加えて重要なのが、対策の履歴です。どの時期にどこでどのような対策を実施したのか、それによってどのような影響が出たのかを調べます。カラスの場合は、ある対策によって一つの地域では効果が出たように見えても近隣の別地域に移動しただけである場合が多く、根本解決に至っていない状態によく遭遇するからです。

カラスは多くの哺乳類とは異なり、昼行性で移動の観察が比較的容易です。このため、ねぐらへの出入りを観察することによって個体数や飛来方向をある程度正確に把握することができます。これを被害発生地域のマップと重ねれば、どのねぐらから出たカラスがどこでどのような行動・被害を発生させる傾向にあるかが分かります。

病名検索型の調査によって、カラスの管理は広域で行われる必要があり、農業被害への個別の防除よりも個体数の抑制策を中心とした対策が必要となることが明らかになるかも知れません。この場合に実施される対策は例えば、ゴミの管理、産業廃棄物の管理、農作物の残渣管理等のカラスの食物資源の管理や、効果的な捕獲です。

症状対応型のモニタリングとしては、ゴミ集積所の被害数、カラスが利用するエサ場の数のモニタリングや捕獲個体の構成の分析(幼鳥ばかり捕獲していないか)などが考えられます。そしてそれらの対策が有効であったかどうかは各ねぐらの個体数や出入りの数で確認します。

このように、野生動物のモニタリングは目的や条件・場面に応じて様々に変わり得ます。

野生動物に対するモニタリングと言えば「個体数」という風潮が多く見受けられるのですが、個体数は被害や課題に直接関与する数値とはならない種が多く、モニタリングのコストや正確性・即時性の点で劣ったターゲットとなる場面も多くあります。カラスのように、比較的簡易な手法である程度正確に個体数が把握できる種は、実は多くありません。

人が病気にかかった際に、細菌やウイルスの数を数えて対策を考えろという人はいません。農作物に病害虫の被害が出た際も、その数を数えて対策を考えることはないでしょう。実際に対策をしつつ状態が改善したかどうかを見ながら、対応の計画を立てることになります。個体数の把握が高コストかつ不正確となる多くの野生動物においても、こういった病虫害の考え方に近い態度をとることが効果的な場面が多いのです。

 

 

医療の分野では、検査や診断が治療よりも手間を取る場合があります。それはもちろん、問題解決のために検査や診断が非常に重要であるからです。医師は膨大な病気を知っているため、曖昧な症状から診断を確定させる重要性を知っています。もし診察も検査もなしに病名を決めつけるような医師がいれば、それは確実にヤブ医者と言ってよいでしょう。

残念ながら、野生動物管理の分野ではモニタリングが軽視されています。定期健診が存在せず、何の診察も無しに感覚で病名を決めつけ、経過観察も無しに治療も手当たり次第といった状況が続いています。本来は野生動物管理に関する十分な知識と視点を持った”医師”が状況判断に関わるべきなのですが、多くの野生動物管理の場面で、まるで医療行為を拒んで祈祷師に頼ってしまうような態度が見られるのが現状です。病気や症状の知識が少ない人は「知っている病名が一つだから」と早期に病気を決めつけ、誤った対処を選択しやすいのです。

この状況を変えるためには、やはり十分な野生動物の管理体制の整備が必要でしょう。