なぜ野生動物の対策はうまくいかないのか?

なぜこうも野生動物の対策はうまくいかないのか?

仕組みの観点から見てみましょう。

以下の3つの項目について簡単にお話します。

①野生動物管理の専門性とは?
②野生動物管理の公共性とは?
③専門性と公共性を維持する最良の形は?

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① 野生動物管理の専門性とは?

野生動物によって起こる問題の多くは、研究や実践がなされる中で、「どのような手法を用いて管理すべきか」についてはある程度明らかになってきています。

しかし、なかなか成果をあげられていません。

各手法で共通の課題となっているのは、適切な目的を設定し、適切なモニタリングを計画に組み込み、適切な管理手法を選択して実践し、変化や反応へは順応的に対応するという「管理の流れ」の確保だと言われています。

実はこれは当たり前の話です。

なぜなら明らかになってきた「適切な手法」のほとんどが、「管理の流れ」によって成功した事例から切り取られた一部分であるからです。

一つ一つの成功事例から引用される「手法」は、絵が描かれた後に切り出されたパズルのピースであり、似ているからと別のパズルに持ち込んでもきれいにははまりません。

各手法は、適切な全体像に合わせて作られるから成立するピースなのです。

近年は「管理の流れ」を無視して「手法」に重きを置く発想が多く見られるようになり、手法の誤用が増え、望ましい成果を上げることがむしろ珍しくなるような状況が増えてきています。

この部分は、なかなか伝わり難いポイントかも知れません。

例えばもし具合が悪くなった人が病院に行けば、適切な検査をし、適切な処置を実施し、適切な経過観察をし、症状が変化すれば適切に対応するでしょう。

そしてそこには医師という専門家が存在しています。

現在の野生動物管理では、当の患者の検査も観察も無く「他人がそれで治ったらしいから」と手術が突然選ばれるような対応が、残念ながら増えているということです。

野生動物の管理には、病気の治療と同じく無数の手法があり、病気の検査と同じく無数の調査方法があり、変化への対応と準備にも無数のシナリオがあります。

個々の手法への理解も当然重要なのですが、背景的な知識と的確な視点をもって組み立てられた「管理の流れ」が対策の成否を最も大きく左右します。

この「管理の流れ」を設計し機能させる能力が最も重要な専門性なのです。

 

② 野生動物管理の公共性とは?

本来、「専門性」は国や県といった行政組織の中にこそ存在すべきものです。

野生動物の問題では、専門性とは別に「公共性に基づく判断」が求められるからです。

個々の生物はそれぞれ様々な機能を持っていますが、実はそれらに関わる人や団体それぞれで環境や生物の状態に対して望む形が変わります。

例えばイノシシは多くの地域で農業被害を発生させ、家畜の感染症を媒介する危険な存在であるため、農業関係者の多くはその数を減らすことを強く望んでいます。

しかし一方で、ハンターにとっては多ければ多いほど良い狩猟対象であるという側面があります。

どの生物でも増やしたい人と減らしたい人が存在するということです。

対策の手法に関しても、例えば柵の業者は「柵がベストの選択だ」と主張しやすいでしょう。

捕獲で利益を上げる団体は捕獲のメリットばかりを主張しやすいでしょう。

研究者も近年予算がしぼられていますから、自分の研究に都合の良い手法を提案するかも知れません。

同業者の間であっても、ある施策をとる際に利益を受ける人と損害を受ける人に分かれる事があります。

専門的な知識であっても、公共的に使用されるとは限りません

土台となる知識が無い者は「公共的でない専門性」に簡単に騙されます。

様々な要求や願望の中から、より多くの人が環境や生物の恩恵を受けられるようなバランスを探す作業は、まさに「公共性に基づく判断」を経た「公共事業」です。

このため公共性の視点から判断を下せる行政の内部にこそ、多様な利害に流されることのない十分な専門性が必要になるのです。

さらに視野を広くとれば、野生動物の管理はやはり国が中心となって実施すべきでしょう。

野生動物の問題に都道府県境は存在しません。

広域的な管理を進める際、自治体の判断は自己中心的なものになりがちです。

「ウチには関係ない」というような、局所のくだらない力学が強く作用して広域の管理が失敗する事例も実際には多くあるのです。

 

③ 専門性と公共性を両立する最良の形は?

野生動物に関連する問題において、状況を把握し対策を計画・運用するのは研究者でも民間団体でもなく行政です。

公共性の観点から見てこれは正しい形です。

しかしその行政職員が今、残念ながら野生動物の管理に関する十分な情報や視点を持っていません

専門的な試験によって職員を採用する仕組みはありません。

専門性を確保し維持できる「長期間在職する専門職」も存在しません。

判断を下すのがいかに信認の厚い首長であっても、素人の進言を基に的確な判断はできません。

病院での診察と治療が一般人に任されているような状態です。

 

「行政職員が勉強すれば現状でも専門性を確保できるのでは?」という疑問もあるかも知れません。

しかし現在、野生動物に関わる職員の多くは異動によって2~3年程度で交代していきます。

つまり数年に一度、担当者が素人に戻るということです。

多くの自治体では、一体何種いるのか分からない多種多様な生物の多種多様な問題をたった一人が担当し、しかも日々の雑多な事務を多く掛け持ちしている状態です。

そして例え着任直後の職員であっても、問題が生じたその瞬間、問い合わせの電話を受けた瞬間、遅くとも問題が起こったその日のうちに、どういう形であれ方針を出さなければなりません。

未知の角度から突然やってくる問題について、事前に十分に勉強する時間など存在しません

勉強の機会も時間も無いのに、抜き打ちの状態で最善の対策を導き出せるわけがありません。

一般人に「勉強すれば大丈夫」と患者が押し寄せる病院を突然任せたら何が起こるでしょうか。

 

「外部の専門家に聞けば良いのではないか?」という疑問もあるでしょう。

しかしこれも問題を抱えています。

例えば分野は違いますがこんな問題に直面したとしましょう。

 

「2 以上の整数 n で (2ⁿ+1)/n² が整数となるようなものを全て求めよ。」

Aさん「トレミーの定理を用いる。nは1つ以上の有限な数。」

Bさん「mod を用いる。n=3の1つのみ。」

Cさん「剰余の定理を用いる。nは無数に存在する。」

 

さて、どれが正答に近いでしょうか?

ある程度の知識が無ければ、担当者は答えの“それらしさ”すら分かりません

担当者は「どの専門家の話を信用すべきか」すら分からないのです。

現在の専門分野はとても細分化されていますので、ある分野では信頼できる専門家でもよく似た隣の分野では素人、という場合もあります。

先ほどの問題は数学オリンピックで出た問題で、正答率は5%程度だったそうです。

難しい問題ほど正答率は下がります。

聞くべき相手を選ばず手当たり次第に意見を聞いても「多数派が正解」である可能性はとても低いのです

ある程度の専門知識が土台になければ意見の論理性・整合性が見えません。

医療の知識の無い者が人聞きで治療法を探し、怪しげな民間療法に手を出して失敗するのと同じ流れです。

加えて、行政の方針には「慣性の法則」があります。

一度方針を決定すれば、その方針が間違っていたりより良い方針があったりしても、方向転換することがなかなかできません。

初期に間違いが生じれば、その判断ミスを肯定する(つまり方針がそもそも間違っている)都合の良い存在の意見を集めやすく、そういった存在が「専門家」と見なされて委員会等が構成され、被害が拡大するような事態すら起こるかも知れません。

初期に適切な専門家を集められれば良いのですが、どの分野でどんな問題が起こるか素人では想定のしようもなく、結局問題が起こった後に相談相手を手探りで探す(あるいは探す時間すらなく独断で決める)ことになります。

どんな分野があるか、どの分野にどのような研究者がいるか、どのような研究をしているか、「誰の正答率が高い分野か」つまり「誰の意見を尊重すべきか」からして実は専門的な知識であり、専門職が無ければ瞬時には対応できない部分なのです。

 

これは行政職員にとっても非常に酷な状況です。

触ったことも無いような分野の判断を突然任され、相談する相手を探す時間も無く、後に批判されかねないような決断を押し付けられるわけですから。

野生動物の管理においては失敗事例が非常に多いのですが、ただ行政の失態を個別に批判していても事態は全く解決しません。

失敗の発生は、システム上の問題であるからです。

 

 

これらが野生動物の管理が失敗する根本的な理由、そして行政内に専門知識を保持した専門機関を置くべき理由です。

初期対応で間違わないために。

どれが正しい見識か、知識に基づいて論理的に評価し、瞬時に判断するために。

これが最もコストが少なく低損害で、皆が得をする最優先の施策です。

野生動物の分野でどれだけの事案が発生し、どれだけの損害が発生し、どれだけのコストがかかり、それがどれだけ続くのか。

心臓に悪い数字になりそうですが、そのほとんどはシステム不良による損失です。

この状況は速やかに改善しなければなりません。

しかし、しっかりとした仕組みを形成するにはやはり時間がかかります。

我々は最適な野生動物の管理システムの考察と設計に加え、その構築に至るまでの期間、専門性の欠落を埋めるために活動します。

ただし「公共性に対する民間の限界」を根拠に「行政内に専門の組織が必要であること」を強く訴え続けます。

当NPOは民間の組織ではありますが、安定的な組織の存続を望むものではなく、社会的に必要なシステムの整備を第一の目的に設定する団体であるからです。