捕獲に関して「捕っても捕っても被害が減らない」という声がそこかしこから聞こえます。
なぜそのようなことが起こるのか?農業被害を例に「捕獲の効果とは何か」という部分からまとめてみましょう。
まず、目的を達成するためには「解決したい事柄」をしっかり具体的にイメージすることが大切です。「被害を減らす」というレベルから一歩踏み込みましょう。特定の地域における特定の農産物の被害を減らしたい、特定の道路での交通事故を減らしたい等、具体的な場所や時期を含めて被害を明確にします。効果的に捕獲を運用するためには、リストアップしたこれらの被害それぞれに適した捕獲方法をあてる必要があります。広い範囲での被害管理を考える場合でも、個々の被害に対応した個々の対策の集合体が管理計画です。
「捕れれば全部同じだろう」という認識を持つ人が非常に多いのですが、捕獲というのは極めて多様な対策オプションの総称です。捕獲には、捕獲手法とそれに併用する捕獲以外の手法の膨大な組み合わせがあり、それに加えて個々の状況に合わせた設計や運用の幅があります。被害状況と原因を精査しない大雑把で一様な対策は空転し、場合によってはより大きな別の問題を生みます。様々な症状で来院した患者すべてに、検査も無く同じ手術をするようなものです。
対象種にもよりますが、大型獣類の被害管理に関して最も失敗を呼びやすいのはこの「とにかく獲れればいい」「全域で捕獲数を増やせばすべての問題が軽減されるだろう」という発想です。「なぜだ?当然ではないのか?」と思った方は、注意する必要があるかも知れません。実は「単純な捕獲数」と「効果」は別の次元にある物なのです。
まず、気になる捕獲と個体数の関係性を簡単に見ていきましょう。
シカを例に、捕獲に関する基本から整理していきます。
(管理対象種が異なる場合は、以下の内容も異なる場合がありますのでご注意下さい。)
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① なぜ滅びないのか?
シカは現在、膨大な数が捕獲されています。捕獲数が個体数に直接影響するのであれば、今頃シカは絶滅しているはずです。しかしシカは戦前から戦後初期までの苛烈な捕獲と生息環境の中も逃げ延び、現代になって数を増やしている手ごわい生物です。シカが絶滅しないのは、繁殖することはもちろん、その他にも個体数の変動に対する多くのクッションが存在しているからです。シカの個体数の変動をイメージしてみましょう。
シカは春に出産します。メスは概ね生まれて2年目から出産するようになります。成獣になればほとんどのメスが繁殖に参加し、成獣メス1頭に対しほぼ1頭の子ジカが生まれます。死因は事故・感染症・捕獲・餓死等があり、産まれた直後の1年間が最も死にやすい時期です。シカの寿命は長いものでは十数歳くらいになります。産子数と寿命から計算すると、死亡数を差し引いても指数関数的に個体数が増加することになります。こればどの生物も同じなのですが、環境さえ良ければシカは基本的にどんどん個体数が増えます。災害や感染症によって個体数に大きなダメージが出る年もありますので、普段から増える性質を持っていないとそのダメージを取り返せず種が滅んでしまうからです。
長期的な視点でシカの個体数を決めるのは、主にエサやシェルター(休息地)の量などからなる「環境収容力」というものです。シカの個体数が増えて密度が高くなると1頭当たりのエサの割り当て量が減ります。シェルターが減少すれば特定の地点にシカが密集してエサを得る効率が悪くなります。その結果として栄養状態が悪くなれば、繁殖が失敗しやすくなり、餓死が増え、事故や感染症にも弱くなって寿命が短くなるシカが増えます。こういった効果によって、周辺の個体数の上限が決まってきます。
逆にシカの密度が減少した際は、シカ一頭あたりのエサの割り当て量が増え、栄養状態が良くなり、繁殖が成功しやすく、死ににくくなります。シカの密度(単位面積あたりの個体数)はこういった要素によって、ある程度の幅で振り子のように動きながら安定する性質を持っています。
これは捕獲によってシカの密度が減った場合も同様で、捕獲で個体数が減れば残された個体が生き残りやすく、繁殖しやすくなります。捕獲が中途半端に多いとシカの増加率が高まりやすく、個体数を回復させやすい状態が生まれるということです。このようにシカの個体数はリバウンドする性質があるため、個体数が減った状態をなかなか維持できないのです。水産業の分野では「対象種を減らさずに最大の収穫を得続ける」ために、この性質を利用して漁獲量を調節する計算をしている場合もあります(MSY:最大持続生産量)。
捕獲は「必ず効く」ものではなく、「広域の個体数を減らす」という目的においてはむしろ無意味になりやすいものなのです。歴史を見ても、捕獲という手法単独で個体数が減少傾向に向かうのは、捕獲行為がその地域の主要な産業と言えるほどの規模である場合や、現在では許可されないような影響力の強い捕獲手法が広く用いられている場合くらいでしょう。
現在、国内のシカの個体数は「捕獲数」ではなく「生息域の質と生息面積」で概ね決まっていると思います。
近年のシカの増加は、実は生息域の拡大と質の向上に大きな原因があると考えられています。あまり知られていませんが、日本は戦前から戦後の頃まで家庭の燃料を薪や炭に依存しており、木造の家屋が多い上に木材の輸入量がわずかで、国土の広い範囲で森が切り開かれ荒れ地・草地に近い環境が広がっていました。見晴らしの良い草地は銃による狩猟が容易ですし、シカが定着できるシェルターが当時の人里近くには少なかったと考えられます。現在はほとんど木を切る必要がなくなったため、当時の薪炭林や草地が非常に豊かな二次林へと成長し、人家や田畑のごく近隣までシカの生息に適した環境が広がっているのです。この環境が、シカ個体数と被害の増加の根本的な原因と言えるでしょう。
② なぜ捕獲数が増えても個体数が減らないのか?
実は、シカの捕獲数は右肩上がりに増え続けています。捕獲数がどんどん伸びているのに、なぜシカの数は減らないのでしょうか。実はこれは発想が逆で「シカの数が増えているから捕獲数が増えている」のです。
シカの捕獲総数に最も直接的に影響を与える要素は「シカの個体数と生息範囲」です。シカの個体数が多ければ、それだけ捕獲数が増えます。個体数が多いほど狩猟者や罠に遭遇する可能性が高まり、捕獲しやすくなるからです。生息範囲が広ければ広いほど、罠をかける適地や銃猟の適地が増えるため、捕獲はより簡単になります。
つまり近年の捕獲数の増加は、捕獲努力量(人員や作業日数等)を増やした結果というより、シカの個体数と生息範囲の増加に伴った勝手な反応である部分が大きいのではないか、ということです。実際シカの捕獲数が伸びたここ20年で、捕獲者はむしろ減っています(環境省統計)。皮肉な表現を使えば、もしシカの「捕獲数」を増やしたいのであれば、シカの個体数を増やすのが最善であるということになります。これが「捕獲数の増加」を「シカ管理の目的」にしてはいけない理由です。
捕獲数の増加が個体数減に直結しない理由は、それ以外にもあります。例えば、捕獲とその他の死因との関係です。シカの死因は捕獲だけではありません。餓死・感染症・滑落・交通事故など、シカには捕獲以外にも様々な死因があります。これらの死因は「ある死因による死亡が増えれば別の死因によるものが減る」という関係性を持っています。例えば捕獲によってシカの個体数が減った場合、餓死・感染症・交通事故のような、個体数(あるいは密度)に依存した死因による死亡数は減ることになります。捕獲数を伸ばすと他の死因がクッションとして作用し、全体の死亡の増加数が捕獲数より少なくなる現象が起こります。
シカによる交通事故件数の抑制のような目的では、この死因の間でのトレードオフを利用する発想で捕獲を計画する場合も考えられます(ただし、この場合は個体数の抑制とは異なった捕獲の運用になります)。
実は、捕獲個体の構成によっても個体数抑制への影響が異なります。シカは1頭のオスが複数のメスと交尾する繁殖形態をとるため、翌年生まれてくる子ジカの数にオスの捕獲はほとんど影響しません。交尾する予定であったオスが捕まっても、別のオスが繁殖に関わるからです。あるいは幼獣の捕獲も個体数を抑制する効果が低くなります。幼獣は半分がオスであるうえ、その年の冬を越えられる可能性が成獣よりも低く、捕獲1頭あたりに期待される翌年以降の繁殖抑制効果が低いためです。適切な手法と運用方法を採用しなければ、個体数の抑制効果が低く捕獲しやすいオスや幼獣ばかりが捕獲される事態も容易に起こり得ます。
一定の範囲に限って捕獲を集中的に行った場合では、別の理由でその地域の個体数が減りにくくなる場合もあります。その理由とは、別の地域からのシカの移入です。ある地域で集中的にシカを捕獲しても、シカの餌やシェルターといった資源が豊富であれば、時間の経過に伴ってシカが入り込んできます。適切な計画で捕獲を実施しなければ、その地域に生息していたシカに加え、継続的に流入してくるシカの分も捕獲しなければ密度を低下させられないという事が起こりえます。シカは現在どんどん分布域を拡大させていますが、これはもともと生息している地域から移出する個体が存在するために起こります。シカは移動する動物であるため、面積と個体群密度から特定地域の捕獲数の目標を立ててもあまり意味をなさない場合があります。
③ なぜ捕獲圧を増やしても捕獲数が伸びないのか?
ならばとにかく捕獲圧(捕獲日数)を高めてやれ、という考えが浮かぶかも知れません。しかし残念ながら、盲目的に捕獲を増加させてもうまくいくことはあまりありません。理由の一つ目は、捕獲による選択です。
一口にシカといっても、警戒心の薄い個体から非常に強い個体まで様々な性質のものが混在しています。捕獲圧を増加させた場合、警戒心が薄く捕獲が成功しやすい個体が先に除去され、警戒心の高い個体が環境に残りやすくなります。捕獲をかければかけるほど、捕獲が難しい個体が残りやすく、捕獲数を伸ばすのが難しくなるのです。
理由の二つ目は、シカの慣れ(スレ)です。他の多くの生物と同様、シカは経験によって学習します。罠にかかりかけた個体や銃による捕獲に遭遇した個体が学習し、同じ方法による捕獲が困難になる場合があります。捕獲を増加させた場合、取り逃がしたシカや捕獲の場面に居合わせたシカが増えていき、捕獲の難易度が捕獲期間の経過に伴ってどんどん上がってしまいます。これは先に述べた「捕獲による選択」と同時に起こります。
理由の三つ目は、シカの移動です。多くのシカを捕獲しようとすれば、必然的にシカの数が多く捕獲しやすい場所を狙うことになります。しかし捕獲に入り続けると、その場所を危険であると感じたシカが捕獲の困難な地域に移動することがよくあります。車で入れない地域や崖の多い危険な地域、高標高地、場合によっては捕獲そのものができない市街地近郊の林地や自然公園などに潜り込むこともあります。こういった状況になれば捕獲のコストが増加し捕獲数が伸びにくくなります。
これらの理由で、「捕獲圧を2倍にすれば捕獲数が2倍になる」という計算が成り立たなくなります。この「捕獲圧を2倍にすれば捕獲数が2倍になる」計算が成り立つのは、周辺の個体数からみて捕獲数が極めて少なく、前述の弊害が表に出てこない場合などです。無計画な捕獲を行えば、捕獲数が2倍になるどころか年々減っていき、肝心の被害も減らない状況が生まれる可能性すらあります。
捕獲というのは常に「相手」があるものです。こちらの勝手な皮算用で簡単に数をコントロールできるものではありません。そして「捕獲数」というのは、ここで述べたもの以外にも多くの環境要因・人的要因に影響されて出てくる、数多の変動要因を内包した「高度な解釈が必要な結果」なのです。「広域の個体数の抑制」を実現するためには、十分な制度と、適切な形と規模で捕獲圧を増加・維持するための質の高い計画が必要です。十分な準備がないのに「広域の個体数の抑制」を目指せば、予算ばかり膨れ上がってシカの個体数も被害も減らない状況が生まれてしまいます。
ではどうすればよいのでしょうか。繰り返しになりますが、被害の具体化と適切な対策をあてる計画が必要です。「シカを減らせ」という意見の出所が「被害」である事を思い出しましょう。農業被害管理に対してわざわざ「全域のシカ個体数を捕獲によって抑制し、それによって被害を抑える」という遠回りな上に実現可能性が低い選択肢を採る必要はありません。なぜなら、農業被害を生じさせるシカは被害地の近隣に生息する特定個体である場合が多いからです。全てのシカを相手にする必要がないのです。
農業被害管理では、シカの「総数」ではなく、作物を食べるという「行動」を取る個体を減らすことが目的になります。捕獲の前に、農業被害管理の流れを「目的設定」「モニタリング」「手法選択」といった基本から考えてみましょう。
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① 適切な目的の設定
ゴールは当然、農業被害の軽減ですが、もう少し詳しい内容が必要です。「被害作物」「時期」「地域」を明確にし、それぞれの地域での対策状況を踏まえて段階的な目標を設定する事が重要になります。シカによる農作物被害が問題となる地域では、以下のようなサイクルが発生しているからです。
実は山林に近い農地周辺では、シカを呼び寄せて加害個体を増やすサイクルが生まれている可能性があるのです。実際、自動撮影カメラをかけると、集落から離れた山林よりも被害が発生する農地周辺の方でシカの撮影回数が多くなってしまっている地域が多くあります。
このサイクルを効率よく止めるため、
「1.農地周辺にシカを寄せない(環境整備)」
「2.農作物に接する機会を与えない(防除と環境整備)」
「3.農作物をエサと覚え、執着したシカは除去する(有害鳥獣捕獲)」
という順で管理目的を設定し、各被害地での段階に応じた対策を構築することになります。
② 適切なモニタリング
農業被害の管理ですから被害量のモニタリングを主軸とします。金額でまとめて集計されることもあるのですが、金額は被害作物の違い等で大きく揺れてしまう数値です。このため、少なくとも被害が発生した集落単位で被害作物・時期・程度が把握できる形でデータを取っておきます。被害地において対策の前後で比較ができるモニタリングの設計であることが重要です。実際には行政は農業被害だけではなく、インフラへの被害や交通事故等の生活被害も管理する計画を立てますから、そういった関連データを補助的な指標として利用する場合もあります。金額が提示したい場合は、これらの基礎データを合算します。
有害鳥獣捕獲の捕獲数は「結果」としては出てきますが、シカを含む哺乳類の被害管理において捕獲数は「目的・目標」ではありません。
③ 適切な管理手法
農業被害の抑制には、3つの基本があるとされています。それは「捕獲」「防除」「環境整備」です。
「防除」とは電気柵や追い払いなどによる農地の防御のことです。
「環境整備」とは、農地周辺がシカの餌場や休息地にならないように環境に手入れをすることです。
「捕獲」とは、ここでは有害鳥獣捕獲のことです。
(これらを個々に説明すると非常に長くなるためここでは割愛します)
これらには相互に効果を高める作用があるため、組み合わせて実施する必要があります。
環境整備や防除を適切に運用すれば捕獲よりも農地周辺のシカ個体数の抑制に効果があるでしょう。農地周辺のシカの個体数を決めているのは、エサとシェルターの量であるからです。有害鳥獣捕獲は、農地周辺に定着して通年生活しているような、農地に依存した加害個体を除去するための補助的な選択肢です。基本的には、環境整備や防除等の対策が突破され加害個体や執着個体が発生した時に選択されます。防除や環境整備をせずに捕獲を繰り返しても上記の被害発生のサイクルが止まらず、次から次へと加害個体が生まれてイタチごっこになります。つまり有害鳥獣捕獲は捕獲数の多い状態が続けば続くほど、むしろ被害管理が失敗している証明であると言える性質のものです。
シカが農地周辺に集まる理由、慣れる理由、増える理由を効率的に除去していくことが解決への近道なのです。
シカは広い地域で様々な問題を起こしていますが、個々の問題はそれぞれ局所的なものです。農業被害、交通事故、市街地への出没、感染症の制御など、個々の課題に応じて適切な手法で対応できる細やかさを備えた計画が必要となります。そして捕獲という手段はその計画の中のごく一部にすぎず、どの目的における運用であっても「どういったシカを除去するか」が明確であるべきもので、「その数が正確には分からないのに、周辺のシカの総数を減らそうとする」というような曖昧かつ不確かな効果を狙ったものではないのです。
現在、被害管理や捕獲の基本を理解している行政職員はほとんど存在しません。このため、被害管理計画や関連する事業の目的が「捕獲数を増やすこと」とされているような状況すらあります。目的と手段(というより結果の一つ)が混同されているのです。農業被害管理の中で見れば、最も重要なのは住民自らが実施する環境整備や防除柵設置などの対策の支援であり、そのための調査と計画が必要なのです。