クマと人との距離感

ヒグマが横断した国道
A町中心部。この道をクマが横断するのを近くで立ち話をしていた住民が目撃したとのこと。
 北海道南部地域の今年の夏はヒグマ(以下、クマ)の騒がしい夏でした。

 7月から8月にかけて、A町の中心部に何度もクマが出没しました。「中心部」と言っても田舎町なので山はすぐそこなのですが、それでも「今までこんなところでクマを見たことは無かった」というところです。ゴミ置き場やお墓のお供えを漁ることはありませんでしたが、どうやらA町中心部がすっかり行動圏の一部になってしまったようで、一週間に1回くらいのペースでA町中心部に出没していました。
 ときを同じくしてB市では、山際の住宅地にしばしばクマが出没しました。クマの痕跡(足跡)から、どうも複数のクマが出没しているようだということが分かりました。この集落でも目撃が頻発し、朝晩犬の散歩に行く人や遅くに帰宅する人など、地域の人たちに不安が広がりました。

 なぜこんなにクマが出てくるようになったのでしょうか。道南地域で昔クマの調査をしていた人の話を聞くと、山にこもって調査をしていてもクマの姿を見られることはほとんど無かったと言います。しかしながらここ5年間について言えば、夏の間だけ、週に2~3回の頻度でしか山に入っていませんが、私がクマを見ない年はありません。クマの密度は昔も今も高いので、最近クマが増えたから目に付くようになったということではないと考えられます。一方で、今年に限らず近年聞かれるのは、「人に気付いているのに逃げないクマがいた」「人が見ているのに悠然と国道脇で草を食べていた」というような話です。科学的なデータの裏付けがあるわけではありませんが、クマのふるまいが変わってきたのかもしれないと考えています。ハンターが減り、山に入る人や山際の田畑で作業をする人も減り、人との距離のとり方をクマが学ぶ機会は減る一方なのだろうと思われます。その中で、その年の気候や芽吹き、結実などのフェノロジーや子グマの出生数などの状況により、出没が特に多い年が出てくるものと考えられます。

 人との距離のとり方をクマに「教育」する方法の一つにベア・ドッグによる追い払いがあります。先日、北米でベア・ドッグを育成しているキャリー・ハントさんが来日されました。キャリーさんは「人間の生活圏に近いところに行動圏を持つメスをきちんと教育すること」を強調して話されました。クマは排他的な「なわばり」を持たないものの、人との距離の取り方・人に対するふるまい方を知っているメスが集落周囲にいることで、次々と若い個体が集落周囲に侵入してくることに対する抑止力になるという考え方です。ベア・ドッグによってクマの対策にあたっている軽井沢でも、別荘地の周辺いるメスはきちんと「教育」されてきており、近年ゴミを荒らすクマはいないとのことでした。ベア・ドッグによる対策がすべてではありませんし、上手くいかないケースもあるとは思いますが、軽井沢の例はひとつの希望ではないかと思います。一方で、軽井沢でベア・ドッグを導入したのは2004年、約10年前です。クマに対する「教育」にはそれだけの努力量を割かなくてはいけないということでもあるのだと思います。もちろん、ゴミや廃棄作物の管理、農地の防除など人間のふるまいも徹底して「教育」していく必要があります。常に前線にいて、クマにも人間にも教育できるという人材がこれからますます必要とされてくると思います。町の安全や住民の安心、クマと人間双方にとっての平和のためにそういった人材を配置するのは、決して高い投資ではないのではないでしょうか。