野生動物に関する”神話”について

野生動物の分野は、とても”神話”が多いと感じます。

ここで言う”神話”とは、ギリシャ神話のような歴史的な物語ではなく、つまりは”作り話”という意味です。

根拠が無いもの、不十分な根拠を基に断定的な表現があるもの、野生動物の行動や状況の解釈に無理があるもの、等々が多く存在しているということです。

例えば、捕獲は「必ず効く」だとか「安心だ」というような評価をされやすいものですが、「捕獲の効果」で述べたように効果・影響が限定的である場合が多く、「豚コレラ」や「クマの管理」で触れたように大きな副作用を持つ場合もあります。

人側に生じる情報の歪みに着目して、なぜそのような“神話”が生まれるのかを考えてみましょう。

特に、これから狩猟や有害鳥獣捕獲に関わる人、あるいは野生動物の管理を仕事にしようと考えている人はこれらの視点を持っていると良いかも知れません。

 

【誤解が生まれる要因】

当たり前ですが、人の知識は人が見聞きできる範囲のものに限られます。

訓練と経験がなければ、見聞きできる範囲の外を想像するのはなかなか難しいものです。

問題は「必要な知識を得られるかどうか」だけではありません。

ある事柄に対して見聞きする頻度が偏ると、情報の量に偏りが生じ、誤解を生む素地を作ることもあります。

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① 種差を忘れる

イメージが湧かないかも知れないので、例を挙げて考えてみましょう。

例えば、果樹園のモモが食べられる被害が出たとします。

枝の損傷がなく、モモの食痕が中型哺乳類のものであったとします。

有害鳥獣捕獲の申請をして中型哺乳類用の罠をかけたら、タヌキがかかりました。

この場合、「タヌキが犯人だったんだな」と考える人が多いかも知れません。

ところがトラップカメラを設置してみると、連日被害を出しているのは、ハクビシン、アライグマ、テンのような木に登れる中型哺乳類である場合がほとんどです。

木に登れる動物は、わざわざ地面に置いてある怪しげな罠の中のエサを食べようとはせず、より安全で新鮮な木の上のモモを食べる傾向が強いからです。

結果、木に登れないタヌキのような中型哺乳類が罠にかかることになります。

普通はタヌキを捕獲したところで被害は減らないのですが、たまたま収穫が終わる時期等にタヌキがかかった場合や、農家が収穫に忙殺されて被害量があやふやになった場合は、「タヌキが犯人」という誤解が定着してしまうことになります。

② 手法の過信

誤解の多くは「目にした事柄のみから判断した」ために起こっています。

しかし、直接の目視に頼らないトラップカメラのような「手法」があれば万事解決するかといえば、実はそういうものでもありません。

用いる手法に関わらず、見えない場所で何が起こっているかを想像し、結果にどういう意味があるのかを考える必要があります。

例えばトラップカメラをかけた時に、シカが100回撮影されたのに対してネズミの撮影が1回だったとしましょう。

ではシカの個体数がネズミの100倍かといえば、当然そうではありません。

撮影回数は、個体数以外にも多くの要素の影響を受けて結果が出てくる全く別の尺度です。

何より、トラップカメラは赤外線に反応して撮影を開始するものであるため、サイズの小さなネズミはそもそも感知・撮影されにくいという偏りが存在しています。

各手法は、結果を得るまでに様々な要因が作用しており、結果の正確な解釈にはとても広い範囲の知識が求められます。

(トラップカメラの使い方・注意点に関してはこちら

目視・痕跡・ライトセンサス・トラップカメラという様々な手法それぞれについて、「自分が見えていない場所がどこなのか」「結果に影響する要素をしっかり把握しているか」を確認しながら観察方法を設計し、注意深く結果を考察する必要があるのです。

③ 目視されやすさの偏り、特殊個体の一般化

生物種の間にある行動等の差異の他に、鳥類や哺乳類では個体が学習することによって人側が得る情報に大きな偏りが生じる場合があります。

分かりやすい例として、人慣れ個体を考えてみましょう。

最も致命的な誤解の例は、野生個体と飼育個体を混同するものです。

飼育個体は人によってエサを与えられ、日常的に人の存在に触れているため、人に対する反応が野生の個体とは根本的に異なります。

エサや飼育環境の影響で、見た目すら大きく異なる場合もあります。

動物園の動物などは、その生物種として見れば最も人の目に触れている存在だと思いますが、飼育個体の行動を野生動物の行動・反応として捉えることはできません。

室内犬と野生のオオカミを混同するようなものです。

次に、自然環境において観察される人慣れとして、山林に接した交通量の多い道路付近で見られるシカを例に考えてみましょう。

近年では車に慣れた(車が危険なものではないと学習した)シカは珍しいものではなく、車両が近隣を通過しても意に介さないような反応を見せる個体が実際多く存在しています。

しかし当然、全てのシカがそのように反応するわけではありません。

車の通行量が少ない地域や山奥の林道のような場所では、車の接近に遠くで気付いて一目散に逃げるようなシカも多くいます。

「ほとんどのシカは車から逃げない」という意見を多く聞きますが、これは「車から逃げる個体を観察できない」結果として、「車に慣れた個体ばかり見かける(見かけやすい)」ために生じる認識の偏りである可能性があります。

そういった情報の偏りから派生して、例えば「(シカは車を恐れないはずなのに目撃が少ないから)この地域にシカはいない」というような断定的で誤った判断が生まれる場合もあります。

あるいは、ある年にある観光地でツキノワグマの出現が激増したとしましょう。

人の存在に気付いても逃げないツキノワグマの目撃例が多く、「最近のツキノワグマは人を恐れない」という意見を多く聞くようになったとします。

しかし実際には、人に慣れた特定の1個体(とその子)が頻繁に人前に現れるために、その個体だけで目撃件数を跳ね上げ、同時に「全体の目撃件数に対して人から逃げないクマの目撃件数の割合」を押し上げているような場合があります。

当然、「全てのクマが人を恐れない」わけではありません。

このように、全体の中では少数であるかも知れない事例を、人が見聞きする頻度の偏りによって「全てがそうだ」と錯覚する事を人は起こしやすいのです。

野生動物の生活は、直接観察であってもトラップカメラ等による観察であっても人の目につかない部分が非常に大きいため、観察された事例が全体を正しく反映するものなのか十分に疑ってかかる必要があります。

目撃数や捕獲数といった「数値」は科学的あるいは客観的なデータとして用いられることが多いのですが、「データの収集条件とバイアス(偏り)を意識した適切な解釈」が必要で、それがなければ「数値」であっても誤った現状認識や判断を招いてしまいます。

④ 警戒心と学習

例として、音・光・臭い等を用いた防除資材について、効くと言われる理由、効かない理由を考えてみましょう。

例えば、「農業被害が起こらない防除方法」として一部で有名になった手法を聞きつけ、自分の住む地域で広く実施してみたとします。

しかし、こちらの地域では全く効果が無く、すぐに被害が発生しました。

これは音、光、臭いなどを用いた防除方法でよくある話です。

実は、農地全体のうちのごく一部で何らかの対策を実施しているような環境では、その一部に対して防除効果がとても出やすくなっています。

シカやイノシシは野生動物ですから、見慣れない物・聞き慣れない音、嗅ぎ慣れない臭いを基本的に警戒するものです。

怪しげな物が無い農場が周辺に多くあるのならば、シカやイノシシはわざわざ警戒が必要な場所を選択しません。

全体のうち一部で実施されている対策では、こういった「自然な警戒心と探餌場所の選択」の結果生じる偏りを「有効性である」と認識しやすいものです。

実際、こういった一部のエリアのみで初めて対策をする環境があれば、ある程度どんな防除資材にもシカやイノシシを寄せ付けない効果があり、場合によってはそれが長期間続くこともあります。

しかし、こういった条件が以下のように崩れるとすぐに効果が現れなくなります。

・多くの人が同じ対策を導入し、警戒の有無がどの農場も同レベルになる
・防除資材が長期間使用された、あるいは広範に使われたことで、シカやイノシシの多くがそれを無害だと学習する
・そもそも対策が有効であった地域と加害種、個体数、学習状況等が異なる
・そもそも対策が有効であった地域と自然な餌資源、休息場所(山林の位置)、作物の構成、対策実施時期等の環境が異なる

野生動物は基本的に警戒しながら生きています。

しかし車のように大きく猛スピードで動き、ライトの光やエンジン音、排気ガスの臭いがする存在であっても、接する機会が多ければ慣れてしまうことを忘れてはいけません。

音や匂いや光を用いた防除資材は継続的な設置を避け、収穫期のような極めて短期間の運用に限った選択肢としたほうが良いでしょう。

⑤ 環境の変化

例えば、果樹園の中のリンゴの枝が食べられる被害が急に増加したとしましょう。

もし果樹園の中でカモシカを目撃したことがある場合、多くの人が「カモシカにやられた」と考えるのではないでしょうか。

実はこの誤解は、シカが分布を拡大してきた地域では多く見られるものです。

トラップカメラや夜間の巡回等で確認してみると、実際には夜間に大量のシカが園内に入り食害を起こしていた、という場合がよくあります。

カモシカは人目に付く場所へ昼間に現れる傾向がシカよりも強い地域が多いのです。

カモシカは狩猟鳥獣ではないため、人に対する警戒心や忌避学習がシカに比べて弱いのかも知れません。

そもそもナワバリ性の動物なので被害の量が突然増えることが少ない生物なのです。

このように、分布域拡大の境界や外来生物が侵入しつつある地域では、それまでに蓄積されたイメージのために、加害種に関して認識の誤りを招く場合があります。

⑥ 捕獲の神話

個体数や被害の抑制については「捕獲の効果」で述べていますので多くは触れません。

しかし捕獲の分野は、特に目に見える捕獲結果に関して簡単に一般化してしまう人が多く、極めて神話の多い分野です。

「捕獲対象の多寡」「捕獲の難易度」「捕獲の効率」「捕獲の効果」「それらの経時的な変化」等については、断定的な意見が非常に多いのですが、基本的には疑ってかかったほうが良いでしょう。

 

 

【認識の偏りの修正方法】

野生動物の分野で日の浅い人は、背景にある種々の構成要素を認識できず、精査せずにデータを一般化・単純化してしまう事が多いものです。

誰もが通る道ですが、捕獲や観察を始めたての方は「神話の創造」に加担しないよう、自分の中にもそういった傾向があることを意識しましょう。

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① 現象を構成する要素

以下に、意見を誤らせる要因(1事例の背景にある基本的な構成要素)を簡単にまとめてみます。

「だいたいそういうものだ!」と判断する前に、見聞きした行動がどういった要素で構成されて起こっているのかをイメージしましょう。

特に複数の種を相手にする場合や、個体群を相手として対策等を考える場合は、「様々な性質の個体が入り混じった混成集団を相手にしている」という認識を持っていなければならず、解釈にさらに注意力が求められます。

種差 ある生物の行動をそのまま別の生物に当てはめることはできません。

これは基本中の基本です。

性別 繁殖やそれ以外の部分でも、雌雄間で行動は大きく変わります。

見聞きした行動や現象は雌雄で意味が違うものです。

幼獣成獣 幼獣か成獣かで行動や反応も全く違います。

これはその生物種の繁殖形態にも関連して様々に変わります。

個体差 雌雄、性別、齢クラスが同じであっても、個体差があります。

同じ学年でも様々な子供がいるのと同じです。

学習状況
(慣れ)
個体差が生じる大きな理由の一つです。

特に人に対する反応は人側の行動に大きな影響を受けますので、非常に複雑で予測が難しい側面があります。

周辺でどのような人の活動があるのか、常に情報収集が必要です。

入れ替わり 多くの生物種では、なかなか個体識別ができません。

このため、同じ場所や時間で複数回観察されたものの中にも入れ替わりが発生している可能性があります。

結果として、「個体の行動が変わった」とか「ここは特定個体がずっといるエリア」というような誤解が生じる場合があります。

気候

地理的条件

季節

植生

種間関係

上記の要素を含む性質は、気候(観察年度)、地理的条件、季節、周辺の構成生物種等が変われば大きく変わり得ます。

例えば毎年降雪がある地域と常緑広葉樹が優先するような地域は同じように扱うことができませんし、海岸沿いか山地かでも別の結果が得られることがあります。

周辺の環境を構成する生物種の種類や多寡も当然それぞれの生物の行動に影響します。

利用できるエサ資源や種間関係等は行動の根幹に関わるからです。

ランダムさ

観察の回数

ちょっと異質な話ですが、重要な観点です。

例えば、有り無しのデータで以下のような観察例があったとしましょう。

「○○○●○●●○●○○●●●」

もし観察を3回でやめてしまったら「すべて白」という誤解が生じます。

あるいは観察を続けても、最後の3回のイメージが大きく残り「黒が多かった」という印象が残るかも知れません。

常にデータを残し、上記のような自分の心に生まれる偏りの存在を意識しつつ俯瞰して分析する必要があります。

② 変化の要因

他地域との比較をする場合とは別に、同一地域の内部でも経時的に変化が生じている場合があります。

非常に複雑なのですが、集団の変化をもたらす要因についても意識しつつ観察する必要があります。

移出入 生物種によって大きく異なりますが、動物は当然移動します。

移動の量と質や移動した理由を追跡することは困難です。

特定の地域に固定して観察を継続している場合は注意が必要です。

季節 季節によってエサ資源の分布は変化しますし、繁殖期もあります。

このためほとんどの動物は時期によって異なった地域へ移動します。

同種であっても、例えば積雪等の状況で年や地域によって移動の規模が大きく異なる場合もあります。

生死 生物種によってサイクルは様々ですが、毎年生まれる個体と死ぬ個体が存在しています。

数年単位で行動等を追跡する場合は、生死のサイクルによってある程度の個体数が入れ替わっていることを忘れてはいけません。

それは個体群の学習状況の構成にも影響します。

群れ行動

閾値

タイムラグ

例えばニホンザルなどでは、群れの意志決定に関わる特定の個体の行動が変化した際に、群れ全体の性質が変化することがあります。

サルに限らず、母子を基本とした群れにおいて母親の行動が変化した場合も、複数個体の行動が大きく変わることになります。

個体の行動であっても、あるレベルを超えると突然行動が変わる「閾値」を持つような出来事や環境の変化があります。

ただし残念ながらその「閾値」は個体によってそれぞれでしょうし、測定できるものでもありません。

重要なのは、ある事柄の影響が一時的には無いように見えても、そのままその事柄が継続しているとある時突然影響が顕在化するような場合がある、という視点です。

学習 動物は時間経過に伴って、環境の変化に順応していきます。

学習の内容、方向性、程度は個体によって様々ですが、時がたてば基本的に各個体は変化します。

特に人の行動に対する変化は急激かつ複雑で、「嫌がって移動する個体」と「慣れる個体」のように二極化が起こる場合もあります。

人の活動 多種多様な人の活動が多種多様な生物の変化を生みます。

人慣れの程度にもよりますが、人があまり入らないような地域で人の活動が増えた場合は動物の大きな移動を起こす場合もあります。

特に捕獲行為は「生死」「移出入」「学習」に大きな変化を起こします。

もちろん上記のような内容が複合的に作用して結果が出てきますので、「単独の要因が簡単に抽出・特定できる」という発想は持たないほうが良いかも知れません。

「分からない部分は分からない」と判断できることも非常に重要です。

 

 

野生動物の捕獲や被害管理に際しては、まずはトラップカメラを基本として、複数の観察手法で動物の行動を観察することが重要でしょう。

複数の観察手法においてどのような差が生じたかを見比べ、自分にどのような“盲点”があったかを考えることが、客観的な観察と解釈を醸成する上で非常に有益だと感じます。

被害管理も捕獲もその他の野生動物の観察も、ある意味では相手の知覚や学習に対する実験の連続です。

ただし、こちらから見えているのは常に「部分」であり、「全体」は見えません。

そこに各個人の認識のずれが生じることになります。

どの部分が見えているのか、どこが自分に見えやすいのか、どこが印象に残りやすいのか。

環境、状況、構成要素から背景を推測し、観察結果の意味を考える必要があります。

断定的な判断、短絡的な同一視、別地域からのデータの借用は、厳密に言えば全て間違いです。

野生動物に関してあるデータがあったとして、それは背景の環境や時期や個体群特性を基に生まれた1つの特殊事例であり、基本的には踏襲できる前例ではなく比較対象であると考えるべきでしょう。

一つの事例やデータは、つまり条件付きでしか使えないものである、ということを忘れてはいけません。

どの範囲まで再現性があるのか、背景要素を含めて十分な考察が必要であるということです。