捕獲制度と人側の問題

鳥獣の捕獲には「狩猟」「有害鳥獣捕獲」「個体数調整捕獲」といった枠組みがあります。今回は「シカの個体数を抑制する」という壮大なゴールを想定して、各制度を見てみましょう。

【捕獲制度の現状】

捕獲には様々な制度があります。少し整理してみましょう。

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① 狩猟

狩猟には「対象種」「手法」「期間」「狩猟が可能な地域」が定められており、この定めの中で捕獲が可能となっています。法の管轄は環境省ですが、関連する事務は主に都道府県が行っています。混同される事が非常に多いのですが、「狩猟」というのは捕獲全体から見れば一部分のことで、「狩猟=捕獲」「捕獲者=狩猟者」という関係ではありません

現在国内で「狩猟」と言えば、「趣味として行われる捕獲」のことを指します。狩猟免許及び狩猟登録を受けていれば厳密には目的を問われることの無い捕獲の枠組みですが、多くの狩猟者が趣味として狩猟をしており、そのための枠組みであると理解されています。現在では、捕獲した動物を売る事で生計を立てている人はほぼ存在しません。

狩猟事故が発生し、動物の福祉について多くの議論がなされる現代において趣味の捕獲が認められているのは、社会的に見た相応の利益があるからです。狩猟は趣味であると認識されていますが、社会的に見れば「増えすぎた動物を抑制する」ために利用される枠組みでもあります。捕獲への意欲がある狩猟者が勝手にシカを捕獲してくれるため、非常に安上りなのです。

しかし、趣味であるがゆえに「期待する効果・狙った効果」が得られにくい部分もあります。例えば、それぞれの狩猟鳥獣は狩猟者から見た価値が違います。シカも狩猟鳥獣なのですが、北海道以外の地域ではあまり好まれる対象ではありません。多くの地域ではイノシシこそが狩猟者にとっての本命であり、シカは釣りでいうところの“外道”に近い扱いを受けているのが現状です。つまりシカを狩猟鳥獣に含めて放っておくだけで勝手にうまくいくものではなく、しっかりとした制度運用で誘導する必要があるということです。

② 有害鳥獣捕獲

鳥獣による被害を受けた者が申請することによって可能になる捕獲の枠組みです。事務的手続きは主に市町村が担っていますが、狩猟者(趣味の捕獲者)への委託によって有害鳥獣捕獲が実施されている地域が多くなっています。シカについては2010年前後から、有害鳥獣捕獲による捕獲数が狩猟による捕獲数を超えています。

有害鳥獣捕獲は加害個体を除去する目的で運用されるのが本来の形です。
(「捕獲の効果」を参照)

③ 個体数調整捕獲

増えすぎた特定の生物の個体数を抑制するための捕獲です。基本的には「特定鳥獣保護管理計画」に基づく捕獲で、都道府県が管轄しています。個体数調整捕獲は都道府県によって形態が様々で、報奨金型のものや捕獲事業として発注される形のものなどがあります。こちらも実際には多くの自治体で狩猟者が捕獲に従事しています。

制度の目的からしてまさにシカに活用すべき枠組みなのですが、事業の様態と結果から想像される効果は微々たるもので、うまくいっているとは言えません。個体数を抑制するという目的上、メスジカに対して集約的に捕獲圧をかける設計であることが重要になります。

④ 指定管理鳥獣捕獲等事業

制度上は大幅な捕獲数の増加が目的とされています。主に「認定鳥獣捕獲等事業者」と呼ばれる民間の捕獲団体が捕獲に従事することが想定されています。事業者に捕獲事業を任せるという性質上、安全性が向上するかわりに捕獲の費用が大きくなってしまう性質があります。

2014年にできた新しい制度であり、まだ運用の面で固まっていない部分が多い印象です。この枠組みで大規模かつ広範囲な捕獲を実施すれば費用が極めて大きくなるため、実は目的と制度の性質がうまくかみ合っていません。今後は恐らく高度な専門性が求められる局所的な事例や特殊な事例等で使われていく制度ではないかと思います。

本来それぞれの制度はこのような使い分けで用いられるものなのですが、各捕獲制度の目的と求められる効果が混同される場面が多くなってきています。つまり「捕獲数の増加」がすべての制度の目的であるかのような態度が多く見られるようになり、個々の制度の運用も混乱し、それぞれ課題の解決を遠のかせています。これは結果的に、シカ個体数の抑制の観点からも大きな障害となっています。

従事者がほぼ全て趣味の狩猟者である状況も制度運用の大きな障害です。捕獲が狩猟者団体の独占状態であるため競争が起こらず、捕獲事業の運用に関して行政側の意見よりも捕獲者側の意見のほうが優先される状況が生まれてしまっています。

 

【現行制度の問題点】

これらの制度はシカ個体数の抑制と被害管理の両面で多くの課題を抱えています。以下にその一部を挙げてみましょう。

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① 狩猟制度の硬直化

鳥獣の数をコントロールする必要がある場合、まず手をつけるべきは狩猟制度です。もともと狩猟制度は、減った種に対しては捕獲を制限し、増えた種に対しては制限を緩和することで対象鳥獣の数をコントロールする性質があります。狩猟制度は大きな事業費を要さずに制度の押し引きだけで数の制御がある程度可能となる非常に優れた機能を持っているのです。

シカに対して基本的には、
「頭数制限の緩和」
「狩猟期間の延長」
「捕獲可能な地域の拡大」
「狩猟登録料の免除」
「法定猟法の拡大」
「免許取得要件の簡易化」
というような段階で規制緩和がなされ、狩猟による捕獲数を伸ばすことになると思います。

国内の狩猟制度には、規制緩和の余地がまだ多く残されています。

多くの自治体でシカの特定鳥獣保護管理計画が策定され、頭数制限については様々に緩和されていますが、銃猟に関して「オスメス共に無制限」としている地域が多く、「オス1頭、メスは無制限」というように個体数の抑制に効果的なメスの捕獲へ誘導する形になっていない地域がまだ多く残っています。

狩猟期間については、鳥獣保護管理法によって10月15日から4月15日まで(北海道では9月15日から4月15日まで)と最大の期間が定められており、特定計画等を活用して自治体の裁量で伸ばせる期間はわずかです。指定管理鳥獣(シカも含まれる)や外来生物に関しては狩猟可能な期間を通年に近いレベルまで伸ばせるよう、法を改善すべきでしょう。

国内には多くの鳥獣保護区等が設定されていますが、「シカを捕獲できないことによって生態系へダメージが生じている」という現実を考えれば、「外来生物やシカなどの指定管理鳥獣は捕獲可能で、他の在来種は保護される地域」の設定も鳥獣法の中に含めるべきでしょう。希少種の繁殖期等に応じて保護区や特定猟具使用禁止区域を指定できるような柔軟性も、都道府県の事業計画には必要です。

現在は狩猟者登録に費用(狩猟税)がかかります。しかし狩猟者登録による行政の収入は、シカだけで見た農林業被害額や報奨金金額と比べても桁違いに小さなものです。収支を考えれば、外来生物や指定管理鳥獣(シカも含まれる)を対象とした狩猟の区分に限定して狩猟税を免除し、シカに対する狩猟人口を増やすほうが得策です。

このように、変更に際して慎重な議論と検証を要する「法定猟法の拡大」や「免許取得要件の緩和」を除いても、シカの捕獲を低コストに拡大させる方法は多く残されています。免許に関しては、例えば「指定管理鳥獣や外来生物を除いた種の狩猟に関して免許を厳格化する」事によって捕獲したい種に捕獲圧を集中させるような管理手法もあります。

これらができない根本的な理由は、鳥獣保護管理法と鳥獣保護管理事業計画の即応性や柔軟性の無さにあります。狩猟対象種・狩猟の頭羽数・期間・狩猟可能な地域・登録料等は法や条例等の中に書き込むのではなく、毎年発表される計画の中で大部分を規定するような、状況に応じて即自的に調節できる形にすることが理想的です。

シカに関しては個体数増への対処が中心となっていますが、仮に「特定の鳥獣の減少」が問題となった場合であっても、現行の制度では同様に対応が遅れるであろうことがこれらの状況から想像できます。生物多様性や自然資源の適切な管理という広い視点から見ても、狩猟制度の柔軟性の確保は非常に重要で喫緊の課題なのです。

② 捕獲制度の使い分けの失敗

日本の制度体系におけるシカ捕獲の理想系は非常にシンプルです。国が狩猟制度の調節によってシカ個体数を大まかに制御し、狩猟による制御を超えてシカが増加した地域は都道府県が個体数調整捕獲を実施し、シカから直接被害を受けた者については市町村が有害鳥獣捕獲を許可する、という流れです。ところがこれが全くうまくいっていません。

その理由の中心は「捕獲者の重複」と「同質な捕獲圧」です。捕獲は目的によって手法及び運用方法が変わるはずのものなのですが、ほぼ全ての捕獲において担い手が狩猟者であるために、ほぼ同質の捕獲方法が採用されています。そして、それぞれの捕獲制度が捕獲従事者を奪い合う状況となっています。どの捕獲も同じ人(狩猟者)が従事しているため、例えば有害鳥獣捕獲を増やそうとすれば、狩猟や個体数調整に関わる人が少なくなるという構造になってしまっています。

本来、「有害鳥獣捕獲」は被害を受けた者が申請して実施すべきもので、「個体数調整捕獲」は既存の捕獲の枠組みに捕獲圧を上乗せするという目的から狩猟者とは別の主体が事業を受託すべきものです。つまりもともと「狩猟者」を奪い合う構造にはならないはずなのですが、都道府県あるいは市町村の担当者がその認識を持って制度を運用していることが非常にまれなのです。制度の運用には当然、制度への理解と野生動物管理に関する専門性が必要なのですが、自治体職員にそれを保持するシステムが十分に存在していないからです。ソフトを回すハードの性能が限られており、ソフトの意味を読みとれていない状況になっているのです。

③ 報奨金制度の濫用

「同質な捕獲圧」と「捕獲者の奪い合い」が生じる具体的な力学を見てみましょう。

捕獲を増加させるという目的で現在最も多く実施されているのが、特に有害鳥獣捕獲に広く用いられている「捕獲報奨金の設定」です。ところがこの報奨金という施策は、特に捕獲制度の使い分けにとって天敵とも呼んで良い性質のものです。捕獲圧に関する施策には「捕獲圧を増減させるもの」と「捕獲圧を移動させるもの」があるのですが、現在の報奨金制度は後者の性質を強く持っています。

報奨金は基本的に捕獲1頭当たりの金額として設定され、どのような捕獲を実施したのかという過程とは無関係となることが非常に多い施策です。このため、被害の有無に関係無く「捕獲しやすい場所でシカを捕る」という形態へ捕獲を誘導する効果を持っています。報奨金を設定した時点で、従事者の目的が「被害軽減」から「楽に効率よく稼ぐ事」に変化するのです。有害鳥獣捕獲の従事者が狩猟者であれば、もともと狩猟者は鳥獣を資源として見ていますから、この傾向は当然加速します。捕獲の効果の部分で触れた「被害地において加害個体を捕る」という望ましい方法から捕獲者が離れていき、有害鳥獣捕獲に求められる被害抑制効果が出なくなってしまいます。

捕獲報奨金は「捕獲への意欲が増し捕獲圧が増える」という効果ばかりが想像されるのですが、実際の人間の動きは安易な期待とは別物です。狩猟者にしてみれば現在の有害鳥獣捕獲は「お金がもらえる”狩猟”」であり、本来の狩猟は「お金がもらえない狩猟」にランクダウンしています。報奨金によって、社会的に見て低コストなシカ捕獲の枠組みであったはずの「狩猟」へ参加するモチベーションが減退し、そちらの機能が減少してしまいます。

加えてシカが金銭に直結する資源と認識されますから、シカを減らしすぎないよう有害鳥獣捕獲に参加する人員を制限するような形へと狩猟者団体が行政に対して圧力を加えることが増えます。これは特にシカやイノシシを減らすことに意欲的な農業関係者や新規の捕獲者に対して狩猟者から強く出る反応です。例えば「狩猟者団体でなければ有害鳥獣捕獲に従事できないようにせよ」あるいは「狩猟者団体でなければ報奨金を受けられない制度にせよ」というような内容です。現在は「狩猟」「有害鳥獣捕獲」「個体数調整捕獲」とすべての捕獲の枠組みを狩猟者が独占していますから、この圧力は非常に強く作用してしまいます。結果としてなかなか従事者が増えず(つまり捕獲圧が増加せず)、制度がいくつあっても同じ形での捕獲が繰り返され、儲かる(つまり社会的に見ればより高コストな)捕獲制度へ従事者が集中することになります。

「狩猟・有害鳥獣捕獲・個体数調整の時期をずらせば良い」という意見もあるのですが、全体を見ると現在の有害鳥獣捕獲は、報奨金という膨大な予算をかけて「狩猟」の期間を延ばしただけという状態です。有害鳥獣捕獲の報奨金は捕獲制度の使い分けの大きな障害ともなっており、新規の捕獲従事者獲得に対して抑制方向に働くものになってしまっています。これではシカ個体数抑制の観点から見ても大失敗です。これは報奨金及び有害鳥獣捕獲の運用に関わる市町村の問題でもありますが、国が鳥獣保護管理法を改善し狩猟制度を効果的に運用しないことによる損失でもあるのです。

一方、狩猟の枠での捕獲に対して報奨金が設定される場合がありますが、これは運用の形態が正しい場合に限って少し意味が違ってきます。シカは多くの地域で狩猟の対象種としては魅力が少ないものとして扱われています。このため、例えば個体数抑制効果が高い冬季のメスジカ捕獲に限定して報奨金を設定するような場合では、「捕獲圧を増加する」というよりはやはり「捕獲圧を誘導する」効果ですが、個体数抑制に対して効果があるかも知れません。ただし、イノシシに同様の報奨金が設定されていれば捕獲圧の誘導効果が相殺しますので無意味になります。そもそも、イノシシのような好まれる狩猟対象に報奨金を設定する意味はほとんどありません。もちろん、報奨金設定の前後で十分な誘導効果が見られなかった場合はすぐに「捕獲圧の増加」側の効果がある形へと修正すべきでしょう。

④ 施策の評価

人の動きというのはこちらの予想を外れる事が非常に多いものです。事前に施策の効果を予測することも重要ですが、何よりも施策効果を適切に評価する事が重要です。評価方法さえ間違わなければ、最善の対応に必ず近づくことができるからです。イメージが湧きにくいと思いますので、その評価の形で見てみましょう。

例えば「有害鳥獣捕獲の施策効果」を評価したい場合、基本的には以下のような図式になります。

有害鳥獣捕獲に関して報奨金を設定する場合、その被害地における被害抑制効果がかけた報奨金額よりも高くならなければ赤字の施策ということになります。(本来、農業被害対策は農家が独自で実施すべきものであるため、被害額は厳密には「公共の被害」と認められる部分を基に算出されるべきものです)

報奨金による被害抑制効果を評価したければ、これを基本とすべきでしょう。残念ながら、実際にはほとんどの地域で赤字(A<B)です。

「捕獲報奨金によるシカ個体数への影響」を評価したい場合は、以下のような図式がまずは浮かびます。捕獲制度の間で捕獲者の奪い合いがあるため、全ての制度の捕獲数を合わせたもので報奨金総額と比較する必要があり、多くの場合、報奨金を設定した制度単独での評価よりも実際の効果は限定的になります。

しかし捕獲の効果で述べたように、捕獲数は捕獲の「結果」であって「効果」ではありません。捕獲数はシカ個体数の増減や環境や気候等の諸条件によって変化しますし、捕獲数はシカの個体数にダイレクトには影響しないからです。

シカ個体数への影響は、施策の前後で「シカ個体数(の指標)の増減傾向」がどう変化したかによって評価します。

生息数ではなく増減の傾きを見るようなイメージです。増加率が減少方向に傾いたのであれば、そのまま捕獲圧を維持・増加させれば目的を達することができます。そうでなければ、他の手法に切り替えたほうが良いでしょう。これはかなり長い期間のモニタリングを経た評価になります。この評価も天気天候等の捕獲以外の要因によって変化する場合がありますが、長期的に見るのであれば十分に意味のある指標となります。そもそも有害鳥獣捕獲制度は数で評価すべきものではないので、本来こういった評価方法は個体数調整捕獲や狩猟制度の評価に使われるものです。

より簡易な指標は、以下のような「捕獲圧の増減」に関する計算です。

捕獲従事者一人一人がかけた時間を集計してそれを捕獲圧と定義し、それがどの程度増えたかという指標を調べます。ただし、捕獲制度の区分を捕獲者が十分に理解していないことが多々あるため、狩猟カレンダーや報告等からのデータの取り方に十分注意する必要があります。施策の結果として費用に見合った量の捕獲圧(捕獲時間)の増加が認められれば、施策が成功であるということです。捕獲時間の増加分と報奨金金額から“時給や日給”を算出しても面白いかも知れません。

本来、施策というのはこのように期待される「効果」に沿った観点で評価されるべきもので、単純な捕獲数はもちろん、捕獲1頭当たりの金額で計算されるものでもありません。「報奨金はシカ1頭捕獲あたり1万円だから、これが費用対効果だ」というのは、例えば「1万円の参考書を買ったので、費用対効果は1冊あたり1万円だ」というのと同じです。意味が分かりません。

参考書の費用対効果は「その1万円でテストの点数がどれだけ上がったか」、つまり「何のために費用を払ったのか」で評価されるべきものです。評価への適切な視点と、十分なデータ収集システムが無ければ、効果的な施策を選択することは当然できません。しかし残念ながら、捕獲の分野で「適切な評価」を目にする機会はほとんど無い、というのが現状です。

⑤ 捕獲個体の処理

現在捕獲の大きな足かせとなっているのが「捕獲個体の処理」です。狩猟では捕獲個体は解体されて肉として消費されることが多いのですが、有害鳥獣捕獲や個体数調整捕獲では捕獲地に埋設処分される事が多くなっています。大型獣であるシカが十分に埋まるような穴を掘る作業は非常に大変で、捕獲の律速段階となっています。捕獲自体は比較的簡単なのに埋設作業に膨大な時間がとられてしまうのです。実際には死体を埋めても他の哺乳類に掘り出されてしまうことが多く、諦めて放置あるいは遺棄する捕獲者も存在し、不法投棄として問題となることもあります。焼却処分している地域もありますが、それも1頭あたり数万円の費用がかかる場合が多く、予算を圧迫する原因にもなっています。

このためジビエ振興が進められています。しかしジビエ利用にも解決の難しい問題が数多く存在しており(長くなるのでここでは触れません)、難航しています。そもそもシカを食肉利用する場合も、捕獲者が捕獲個体を食肉処理場に運ぶ手間がかかるため、捕獲従事者の労力(作業時間)を死体の処理から捕獲行為自体に振り分ける効果があまりありません。欲しい人が捕獲地に来て捕獲個体を引き取る(捕獲者が無償で譲渡する)ようなプログラムがあればかなり改善されると思いますが、こういった商売にならない(販売しようとすれば食肉処理業の許可を受けた施設が必要であるため)やり取りは自治体が中心とならない限り生まれないため、国内では見たことがありません。

直球として考えたいのが「捕獲個体(死体)を現地に放置してはいけないのか?」という点です。当然、止め刺しをした後の捕獲個体です。現行法(鳥獣保護管理法)では、基本的に捕獲個体の放置はできません。

その理由として説明される内容は以下のようなものです。
・猛禽類に鉛中毒が発生する恐れがある
・悪臭が発生する場合や、景観に影響が生じる場合がある
・シカの死体にクマが集まり、人身事故が生じる可能性がある
・シカの死体を環境中に残せば、その他の生物にも影響が出る
・多くの死体を集積すれば土壌汚染が生じる可能性がある

なるほど、と思われるかも知れません。しかし鉛中毒を除けば、これらの理由は一つの現実を忘れ去っています。それは「放っておいてもいずれ自然にシカは死に、死体が環境中に残る」という事実です。シカがいれば、捕獲しようがしまいが死体は生まれるのです。

試しに「環境中に現れる死体の数」を簡単にシミュレーションしてみましょう。実に分かりやすい結果が出てきます。

もし捕獲したシカの死体を放置することが捕獲作業の効率をわずかでも向上させるのであれば、シカの個体数抑制効果が高まり、環境中に生じる死体(自然死+捕獲個体)も数年後には減少していきます。環境中に残される死体が減るのは、捕獲を効率化する事によってシカの個体数が抑制され、「自然に生まれる死体」のほうが減少していくためです。

自然死では、シカの死体が生じる場所を選べません。一方捕獲個体の放置では、捕獲地点の選択によって死体が生じる場所をある程度コントロールできる分、自然死よりも有益な方法になります。捕獲効率の向上によって速やかにシカの個体数を抑制できれば、目的の個体数水準に達するまでの総捕獲数(つまり命を奪う総数)も減少できます。

「放置する」と言えば聞こえは悪いのですが、もともとシカは環境中のものですから、それを環境中に残して物質循環のサイクルに乗せることは何ら不自然な事ではありません。むしろそのサイクルを断つことで生態系への影響が生じる恐れがあります。

実は、死体を埋める行為は放置に比べて環境への影響が重く出る可能性があります。他の生物に利用されないということはつまり分解されにくいということですから、土壌中に有機物とその分解産物が長期間大量に残ることになります。

悪影響を緩和しつつ捕獲の効率を上げるために、以下のような条件つきで死体の放置を認めるべきでしょう。
・個体数調整捕獲(許可捕獲)であること
・鉛の弾頭やその他有害な化学物質を死体に残さないこと
・道路や歩道等から離れた場所であること(発砲の基準等に準ずる)
・地権者の了解を得ていること
・一か所に集積しないこと

緊急対応として許可捕獲でのみ放置を認め、シカが適正な個体数となった際は放置を含む捕獲へは許可を出さない形へ戻すという意味です。

ジビエ関連のものを含め、死体の処理に現在かけられている費用も、残念ながら鳥獣保護管理法の硬直化による損失と言って良い性質のものなのです。

⑥ 従事者の確保と育成

予算の使途として重要なものは捕獲行為以外にもあります。例えば技能レベルの向上です。教育の分野に「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ」という言葉がありますが、シカの捕獲に関しても同じことが言えます。

特に有害鳥獣捕獲をその目的通りに運用する場合、被害軽減のための捕獲の基本的な考え方の部分について、捕獲従事者に情報を提供する必要があります。被害軽減のための捕獲については資格や研修が存在せず、考え方が定着していないからです。

わなを用いた有害鳥獣捕獲については、狩猟免許所持者に対しても捕獲を安全に実施するためのトレーニングが必要です(「捕獲の安全性」を参照)。本来はまず、こういった制度の運用を支える人づくりの部分へ力を入れるべきでしょう。

狩猟に関しても、知識や技能の向上に資する情報や、シカの利用に関する情報を積極的に提供し、狩猟者一人当たりのシカ個体数抑制効果を高めるべきです。行政側が狩猟のスキルアップのためのプログラムを無償で組む事すらあっても良いかも知れません。「欲しい情報を喜ぶ人に提供する」施策は「都合の悪い情報を嫌がる人に提供する」施策よりも圧倒的に成功しやすいものです。しかし、こういった新規の従事者を育てる施策もほとんど採られていません。

 

捕獲制度には様々なものがあり、改善の余地も多く残されています。これらの制度を十分に改善・活用すれば広域のシカ個体数を抑制するという非常に困難な目標も達成できるかも知れません。しかし、現在の行政にその改善と運用のための十分な力があるかと問われれば、残念ながら疑問符が付きます。

現状では多くの制度が、国・都道府県・市町村の間での(主に「捕獲数」を根拠とした)実績の奪い合いのような形で使われているように見えます。まずは行政の内部において「捕獲数こそが唯一の成果」で「それさえやっていれば良い」という態度が生じないよう、捕獲制度ごとの目的について認識を統一すべきでしょう。「ウチは事業を作ってこれだけ捕っている」というような主張の意味の無さについて関係者が十分に理解し、適切な評価を基にそれぞれの役割をこなせる十分な環境を作る必要があります。

始めに整理しましたが、「狩猟」という言葉を「捕獲」と混同して使っているという状況が、従事者や目的を含めて捕獲制度の運用が混乱している証拠であり、あるいはむしろ混乱を招く元凶であるのかも知れません。

あまりに混乱がひどくてどこから手を付けるべきか非常に難しいのですが、やはりまずは制度の中心である鳥獣保護管理法から整理・改善していくべきではないでしょうか。